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ベントレー(Bentley/宾利)は、イギリスの高級車・スポーツカーメーカーブランド。
1989年以降はドイツ・フォルクスワーゲングループ傘下となり、同グループのフォルクスワーゲン部門に属する。ベントレーの最大の市場は香港を含む中国であり、次いでアメリカ合衆国、イギリス、日本。(2006年)
名称は創業者のウォルター・オーウェン・ベントレー(Walter Owen Bentley)名前の頭文字をとったW.O.という愛称で親しまれている。
歴史 
W.O.ベントレー 
1888年にロンドンに生まれたW.O.は、学校卒業後、グレート・ノーザン鉄道でエンジニアとしての修行を重ねた後、1910年にナショナル・モーター・キャブ・カンパニーに就職した。
ナショナル・モーター・キャブ・カンパニーで働く傍ら、モーターサイクルレースに興味を抱くようになり、1912年、フランス製乗用車の輸入業を営むラコック&フェルニーに転職、ここでW.O.はDFPという乗用車にチューニングを施したレーシング・カーの開発に従事、自身でワークス・ドライバーも兼ねていたという。
モータースポーツとの関わり 
W.O.がラコック&フェルニーに転職した年に行なわれた2リッター車のレースでは最高時速107kmを記録していた。ところがその翌年、W.O.によってチューニングされたDFPは最高時速131kmという新記録を打ち立てる。その秘密はW.O.が新開発したピストンにあり、アルミと銅を混ぜるという当時としては斬新な新技術を採用していた。第一次世界大戦勃発とともに、イギリス海軍航空隊の大尉となったW.O.は自身が開発したアルミ製ピストンを航空エンジンに応用し、彼の設計は航空エンジン中、最高のものという評価を受けるようになり、大戦中幅広く活躍した。大戦終結後、W.O.は自動車設計の世界に復帰、自動車メーカーの立ち上げを志すようになる。
ベントレーモーターズ設立 
1919年8月、W.O.はベントレー・モーターズをロンドンのクリックルウッドに設立。その後、1924~1930年にル・マン24時間レースで5回の優勝を飾るなどモータースポーツで名を上げ、高性能スポーツカーメーカーとして世界の富裕層に好んで使用された。しかしその翌年の1931年にロールス・ロイスに買収され、レース活動が封印された。
ロールスロイス傘下 
1920年代後半に世界を襲った大恐慌の影響を受けベントレーモーターズは経営不振に陥りネイピアと合併交渉が進んでいたが、ライバルであるネイピアとベントレーの合併を恐れたロールス・ロイスが偽名を使い買収、1931年に吸収合併された。その後W.Oは1935年にラゴンダに移籍しルマンで再び勝利したが、アストンマーチンのディビッド・ブラウンがW.O.を欲したためにラゴンダごと買収され、W.OはDBシリーズの直列6気筒エンジンを設計した。1971年に死去。
W.O.がいなくなった後のベントレーは、ロールス・ロイスのモデルとのバッジエンジニアリング化が進み、第二次世界大戦後にかけてロールス・ロイスのオーナーカー版としてベントレーは姉妹車化される。しかし、オーナーカー用のスポーティーモデルとしてその性格はロールス・ロイスと分けられ、特に1980年代以降はターボエンジンを採用したターボRなど、スポーティーな方向に振った個性的モデルを出し好評を博した。
フォルクスワーゲングループ 
1998年にドイツのフォルクスワーゲングループに買収され、2003年にはBMW傘下になったロールス・ロイスと完全に分離された(買収までの経緯は「ロールス・ロイス」の項を参照のこと)。
この年ベントレーは、フォルクスワーゲングループの高級車メーカーのアウディの開発による、EXP スピード8で、2年前にカムバックしたル・マン24時間レースにおいて、21世紀になってから初めての総合優勝を成し遂げている。なお、スピード8のルーツは、1999年のアウディR8ファミリーにおける、クローズドボディのR8Cとなる。
2004年に登場した2ドアクーペの「コンチネンタルGT」は、フォルクスワーゲン・フェートンと大幅なパーツ共有化を図られている。
王室専用車 
2002年にイギリス女王エリザベス2世即位50周年祝賀記念としてベントレー・ステートリムジンがイギリス自動車業界協会より進呈された。エリザベス2世女王の公務専用車として使用されている。ベントレーがイギリス王室のメンバーの私用車として使用されたことはあったが、元首の公務専用車として使用されたのは史上初めてのことである。
ル・マン復帰 
2003年、アウディ・R8のコンポーネントを共用したスピード8でル・マン73年ぶりの総合優勝を果たした。










